トランプノミクスの実効性を確認する“予算教書”の重要性と影響
トランプ新大統領の政策は実現可能なのか?大統領選前から盛んに議論されていました。その実現性を確認する上で“予算教書”が重要となります。今は期待先行で動いているトランプ相場は予算教書をきっかけに実現力を問われるステージに移行する事でしょう。
2016年11月8日に実施された米国大統領選では、共和党のトランプ候補が民主党のヒラリー・クリントン候補を破り、勝利を収めました。大方の予想ではヒラリー氏の勝利がほぼ確実視されていたこともあり、この結果は世界中で驚きをもって迎えられました。
トランプノミクスとは
トランプ氏が大統領選中に公約として掲げてきた経済政策は、1980年代前半のレーガン大統領による経済政策「レーガノミクス」に近しいことから、「トランプ」と「エコノミクス(経済)」をかけて「トランプノミクス(トランポノミクス)」と呼ばれています。日本経済にも影響を与えるとみられる「トランプノミクス」について見てみましょう。
大統領選期間中にトランプ氏が提唱していた政策は「減税」「インフラ投資」「移民政策の厳格化」「保護主義的通商政策」が4つの柱となっています。
まず、個人所得税と連邦法人税の引き下げを行い、内需拡大を図ることで税収を増加させると説明しています。さらに、ヒラリー候補が提唱していたインフラ投資(2750億米ドル)の2倍の投資を行うと主張しています。インフラ投資で雇用の拡大が期待されます。移民政策の強化によって、不法移民の減少を目指す一方で、合法的な移民も抑制される可能性があり、労働市場のタイト化や賃上げ圧力の上昇が予想されています。
TPPからの脱退とドル高を伴う政策
日本に大きく関わるのは、貿易に関する政策です。トランプ氏は、経済のグローバル化による米国国内の製造業の衰退を強く問題視しており、TPP(環太平洋経済連携協定)からの脱退を選挙公約に掲げるなど、保護主義的通商政策を主張してきました。TPPには日本も加盟することになっていますが、米国抜きでは当初の予定よりも規模が縮小してしまい、成立するかどうかも不明瞭です。TPPが暗礁に乗り上げれば、輸出を中心とする日本の製造業各社の株価などにも影響するでしょう。
また、トランプ氏の提唱する「強いアメリカ」を実現するための政策にはドル高を伴うため、為替相場では円安が進むと考えられます。円安は輸出企業にとってプラスに働きます。
既に始まっているトランプノミクス相場
大統領選での勝利後、世界の株式・為替市場では「トランプ旋風」が吹き荒れ、日本では円安・株高傾向が続いています。
トランプ氏が大統領に就任するのは2017年1月20日。2月下旬には、新大統領の政策をもとにした予算要求「予算教書」が発表され、これに基づいて上下両院は予算案を審議していきます。米国の会計年度は10月からなので、予算案の形が見えてくるのは17年夏ごろ。トランプノミクスが実際の経済を刺激するのは、秋ごろ以降となりそうです。
では次に予算教書について詳しく見ていきましょう。
アメリカの大統領の「予算教書」とは?
まず、注目される米国の「予算教書」とは何でしょうか。米国では、連邦政府の予算編成権は大統領ではなく議会が持っています。大統領は、その年1年間で推し進めたい政策に必要な予算をまとめ、要求を「予算教書」として議会に提出します。実はこの予算教書には法的拘束力はなく、上下両院からなる議会はこれを参考にして、予算案を作成します。米国の会計年度は10月1日から翌年9月30日までなので、議会はこれまでに予算案を作成・審議し、大統領の署名をもって成立します。
トランプ大統領の「予算教書」の注目点
トランプ大統領が発表する予算教書は2018年度、2017年10月から2018年9月までの1年間のものです。トランプ氏が大統領選の中で提唱していた政策は「減税」「インフラ投資」「保護主義的通商政策」「移民政策の厳格化」が4つの柱となっており、来年の予算教書もこれらに基づくと考えられます。トランプ氏勝利の原動力となったとみられるのは、「米国第一主義」政策です。「強いアメリカ」を実現するために、個人所得税や連邦法人税の減税を行い、内需拡大による税収増加を見込んでいます。
また、トランプ氏は、ヒラリー候補が提唱していたインフラ投資(2750億米ドル)の2倍の投資を行うと主張しています。米国では、公共投資の伸び悩みを背景に、インフラの老朽化が問題となっており、インフラ投資の拡大は国内から理解を得やすい政策です。財源は主に民間からの投資を見込んでおり、税制優遇を導入するとみられます。インフラ投資を推し進める背景には、雇用創出への期待があります。各プロジェクトで雇用された労働者の所得や下請け業者の利益に課税することで、財政への影響はニュートラルになると説明しています。しかし一方では完全雇用状態の米国でこれ以上労働者の数を増やす政策に意味があるのか?賃金上昇を招くだけで企業が疲弊しないか?といった疑問を持つ専門家が多いことも事実です。
トランプ氏は、経済のグローバル化に伴う米国国内の製造業の衰退を問題視しており、TPP(環太平洋経済連携協定)からの脱退、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直し、中国からの輸入品の関税引き上げなどを主張してきました。米国では、貿易政策に関する大統領の権限は強く、貿易協定からの脱退や関税引き上げなどは、議会の承認なしでも推し進められる可能性があります。
最後に、移民政策の厳格化です。トランプ氏は、不法移民の流入を防ぐため、移民局職員の増員や電子認証システムの導入、審査が不十分な国へのビザ発行停止などを掲げています。トランプ氏が提唱する政策が実行されれば、不法移民の流入が減少するだけでなく、合法的な移民の抑制にもつながる可能性があります。その場合、現在タイト化している労働市場が一段と引き締まり、低賃金労働者を中心に賃上げ圧力が強まって、企業のコストを押し上げると見られます。
トランプノミクスの日本経済への影響
新しい大統領が就任すると、100日程度は議会も協力的な姿勢で新大統領との連携を図る「ハネムーン期間」が続くといわれています。当面は、ホワイトハウスや閣僚の人事、議会、FRB(米連邦制度準備理事会)との関係調整などに注力することになるでしょう。
予算教書の発表は、先にも述べたように2月下旬で、これを受けて議会で予算審議が始まります。予算の形が見えてくるのはだいたい夏ごろなので、トランプ氏の経済政策が実際に景気を刺激するのは、早くて2017年秋ごろになるでしょう。
そこで気になるのが、「トランプノミクス」による日本経済への影響です。トランプ氏の政策はドル高を伴うため、日本では大統領選後から「トランプ相場」ともいうべき円安・株高傾向が続いています。円安は輸出中心の日本の製造業にとって追い風になるでしょう。
一方、日本が推し進めてきたTPPの行方が懸念されています。議会や民主党との関係を勘案すると、トランプ氏が大統領選の公約通りに経済政策を推し進めるかは未知数なところがあるものの、米共和党指導部は、トランプ氏の大統領当選と同時にTPP法案を年内の議会で検討しないと明らかにしており、TPP交渉の継続は困難との見方が強くなっています。
仮に米国が離脱するとなると当初の予定よりも規模を縮小せざるを得ず、日本経済への影響はよくも悪くも小さいものになるでしょう。TPP交渉の展開によっては、輸出企業の株価等にも影響を与えそうです。
アベノミクスも“第三の矢”が機能していないと景気回復への実現性に疑問を投げられることがしばしばあります。トランプ氏は米国の製造業の衰退を問題視しており、上記の政策を掲げていますが、ドル高と賃金上昇・金利上昇で逆に米国の製造業の競争力を弱める結果となってしまうかもしれません。
トランプ新大統領は既成概念にとらわれず、ビジネスパーソンとしての長所を発揮して強いアメリカを実現できるのか・・・。まずは2月の予算教書に注目しましょう。