クレディスイス問題で改めて注目される「AT1債」を学ぶ
クレディスイスの株価が暴落し一時は破綻するのではないかとの懸念もありましたが、スイス政府の支援もあり、UBSに買収されるという形で事態は沈静化しました。しかしこの買収劇の中で、クレディスイスが発行したAT1債という債券が無価値になるとの発表が政府当局から行われ、波紋を呼んでいます。今回はクレディスイス問題で注目されるようになった「AT1債」について、おさらいをしていきましょう。
クレディスイス問題とは
2023年3月は投資家にとって試練の月となりました。SVB破綻に始まり、シグネチャー銀行の破綻、シルバーゲート・キャピタルの事業閉鎖、さらに事態は欧州へ飛び火し、経営再建中のスイス金融大手「クレディスイス銀行」に対しても信用不安が拡大しました。
しかし同年3月15日にクレディスイスは株価の大幅下落に見舞われたものの、スイス政府の後押しによりUBSによる買収が進められ、鎮静化したかに思われました。しかしこれに伴い、FINMA「スイス金融市場監督機構」は次のような発表をします。
「スイス政府の特別支援により、クレディスイスのAT1債の価値が完全に償却され、中核的資本が増加することになる。」
償却とはつまり無価値になるということです。
実はクレディスイスが発行していたAT1債という商品には、「政府支援があった場合には無価値になる。」という条項があり、今回の救済に伴いこの条項が適用になったと考えられます。この結果、同行が発行していた160億スイスフラン(日本円で約2.2兆円)の債券が無価値になったことは市場に衝撃を与えました。
今回は、クレディスイス問題の問題で改めて注目されるようになったAT1債について解説します。
AT1債とは
AT1債のAT1とは「Additional Tier1」の略で、株式と債券の中間のような特性を持っている証券のことです。CoCo債(contingent convertible bond)とも言われます。
原則、永久債として発行され、償還期限はありません。また金融機関が破綻したときの弁済順位が普通債よりも低いことから、リスクが高い反面、高い利回りが設定されます。例えば、発行体の自己資本比率がバーゼル3規制※で定める水準を下回ったり、監督当局の決定があったりすると、強制的に元本が減らされたり、株式に転換され、自己資本を増強する措置が取られます。
※バーゼル3とは…バーゼル合意と国際的に活動する銀行の自己資本比率や流動性比率に関する国際統一基準のこと。最初に策定されたのがバーゼル1で、その後2度の改定が行われ、2017年に新しい規制の枠組みであるバーゼル3について最終的な合意が成立しました。
疑問が残る政府当局の対応
もともとAT1債はリスクがある商品は投資家も理解しています。そのため政府当局による救済があったなら、AT1債が無価値になるのは仕方ないと考える投資家も多いでしょう。ただ今回問題となったのは、「投資家の弁済順位が逆転した」という点です。
一般的に金融商品の弁済順位は、預金・一般的な社債・TLAC債(損失を吸収するための社債)・Tier2債(期限付き劣後債)・AT1債券・普通株式の順番で低くなっていきます。
しかし今回、クレディスイスの株式は評価額が低下したものの無価値とはならず、UBSの普通株式と交換され、株主が救済されることになっています。
AT1市場さほど大きいものではありませんが、クレディスイスを除いても約28兆円が残る市場です。実はAT1債を無価値化とした措置を受けて、ECB(欧州中央銀行)や、英イングランド銀行が「弁済順位が変わることは無い」というコメントを出し、AT1債を取り巻く混乱の火消しに追われています。
AT1債の信頼回復には少し時間がかかるでしょう。
ただ三井住友FGは2023年4月18日、AT1債を発行する方針を明らかにしています。これはクレディスイスの一件以降、AT1債の発行は世界の主要行では始めてのこと。これは世界的な金融不安の警戒が和らぎつつあることの表れといえるでしょう。