最近の日本に「草食系」という造語があります。単に流行語の一種かと思いきや、どうやら常態化し、名詞につく枕詞のように言葉を飾っているようです。「草食系男子」と比喩される人々もおります。
私は、昨今の日本を表すのにこれほど的を射た言葉は無いと思っています。政治家も経営者も社会人も学生も、それこそ草食動物にようにみな静かです。大多数の人々は目立たないように「空気を読んでいる」とでも言いましょうか。
「買いたいものも買わず、食いたいものも食わず・・・」ではなく、そもそも買おうとする欲がない。多くを望まない。主張しない。冒険しない。疑問をもたない。
企業も冒険しないがゆえに、画期的なイノベーションは興そうとしません。そのための負債も抱えません。政治家も思い切った主張はしません。八方美人を旨としておられるのか。デフレの根源的原因はこの精神性にこそあるではないでしょうか。

とはいえ、この全日本草食系運動はそれほど悪いことじゃないかもしれません。
ムダを省き、効率的に活動する。周りと同調し、自然の成り行きに身を任せる。人間の止めどない欲望こそ諸問題を引き起こす源であり、世界の将来・自身の将来を考えた時には、“大量生産・大量消費”のバブル的感覚はそぐわないでしょう。
また、元来日本には質素倹約・主張より協調を尊ぶ精神があるではありませんか。企業も積み上がり過ぎたヒト・モノ・カネを減らし、バランスシートをスリムにする。そのような事を最優先事項にしてきました。

なるほど、確かにもっとも理に適った対応でした。贅肉がついたのであれば削ぎ落とし、筋肉質にしようとする。
しかしながら、削ぎ落とすだけでは筋肉にはならないと思いませんか。運動しなければいけないと思いませんか。いい加減、自分を抑えこむのは止めにしませんか。ならば運動するにあたって草食系の精神ではダメでしょう。

 私達は、すぐに答えを求めようとします。成果を明日欲しいと考えます。成果に直結する目先のコストを下げる事に一生懸命で、近い将来の果実を育てようとしていません。明日の不確かな100万円より、今日の確実な10万円を得ようとしています。
また、何かしらの決定事項の同意を周りにもとめ、同調を得られるまでは行動しようとしません。
投資信託における、毎月分配型ファンドの爆発的な普及がいい例だと思います。不確かな運用の世界なので、まずは自己の資金をすぐに回収したがるようです。それが運用成果の足を引っ張ると理解っていても。


 不朽の名作映画:「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」にはこんなシーンがあります。だいぶ昔の映画ですが、当時、子供だった私の記憶にも強烈な印象が残っています。

【絶壁に立ったインディ、やっと聖杯を見つけたのにもかかわらず、目の前は底知れぬ峡谷。。。。。。
手に入れるためにも絶壁の向こう側へ渡らないといけないが、橋も無いしロープもない。。。。。。どうすればよいのか。。。。。。何もできずただ立ち尽くすインディ。父親の「ただ神を信じろ」というメッセージを思い出す。信じられるか否か。迷いに迷った挙句、勇気をふり絞り、インディは奈落の底に向かって大きな一歩を踏み出す。

・・・・・・・なぜか普通に歩けていた。まるで宙に浮いたかのような錯覚にとらわれたインディ。なんと絶壁の崖の色と同系色に同化した“見えない”橋の上に立っていたのである。見えていないだけであって、希望の橋は既にそこに存在していたのである。】


 私達一人ひとりがどんどん挑戦しましょう。求め、失敗し、そしてまた挑戦しましょう。その飽くなき精神が需要につながり、新しいチカラになるでしょう。その精神が、例えムダとなっても、それは糧となりましょう。保障された道など元々無いのであれば、造られるのを待つより、歩き出した方が早いではありませんか。それが希望の橋へ繋がるはずです。
草食化運動も結構ですが、スリムも行き過ぎると病弱になります。もう一度鍛え直す時期が来たのではないでしょうか。デフレ脱却とは、いわば我々が未来を信じること。世の中の変化に身を委ねるのではなく、その変化に加わってみませんか。そう、「肉食系」になってみませんか。

 世の中の常識に挑戦し、株主を代表して企業改革を訴えたものの、当時は非常識だと相手にされず辛酸をなめたものの、10年後、その主張が「コーポレートガバナンス・コード」「スチュワードシップ・コード」と名前を変え、「世間の常識」に変わった例を私たちは既に知っているはずです。
「肉食系」になってみませんか。

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